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「謎深き庭─龍安寺石庭」を巡る「五十五の推理」を紹介していきます。
謎解き庭 龍安寺石庭
「虎の子渡し」の暗号を解く

04「地の虎・天の龍」説

……「虎の子渡しの庭」と「群龍雲隠れの庭」
04「地の虎・天の龍」説

名は体を表すという。大雲山龍安寺という名前の中には、雲の字と龍の字が記されている。それなのに、なぜ「虎の子渡しの庭」があって、「龍の庭」がないのか。

 

この難問を解くためには、発想を根本的に改める必要がある。そもそも、「虎の子渡しの庭」と呼ばれるからには、虎の親子(親・彪・子・子)は実際に川を渡ったのではないか──。こう仮定して推理を進めた結果、姿を現したのが「群龍雲隠れの庭」である。

 

一。「虎の子渡しの庭」の名前は中国の古書『癸辛雜識』に由来する。それでは、「群龍雲隠れの庭」の名前は何に由来するのか?

 

二。この庭が、「群龍雲隠れの庭」ではなく、「虎の子渡しの庭」と呼ばれる理由は何か?

 

謎はさらに深い。英国ヨークの修道院学校で学び、フランク王国のカール大帝に招かれてサン・マルタン修道院の院長を務めた神学者、アルクイン(七三五?─八〇四)の著書『青年達を鍛えるための諸命題』には、世界最古とされる四問の「川渡り問題」が掲載されている。しかも、そのうち一問の「川渡り」の方法が、癸辛雜識とほぼ同じ内容である。

 

三。アルクインの「川渡り問題」と、癸辛雜識の「虎の子渡し」には、関係があるのか?