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「謎深き庭─龍安寺石庭」を巡る「五十五の推理」を紹介していきます。
謎解き庭 龍安寺石庭
美は白砂にあり

35「白砂の情感」説

……歌人会津八一の感受性
35「白砂の情感」説

歌人の会津八一は、昭和十五年(一九四〇)十月、清水寺、銀閣寺、龍安寺を訪れた。清水寺や銀閣寺で詠んだ歌は、大勢の見学者がいて気になったためなのか、少し落ち着かない。それに対して、龍安寺では心に響く歌を残した。

 

彼はすべて平仮名を使い、語と語あるいは文節と文節の間を空ける、分かち書きで表現した。ここではそれを通常のスタイルに直して掲載する。

 

 

清水寺「観音の 軒の蔀の 白々と もの振りけらし 人の響きに」。

銀閣寺「案内者の 気疎き姿 目にありて しづ心なき 銀閣の庭」。

龍安寺「外庭の 柿の梢を 打つ竿の 響きも近し 白砂の上に」。

 

一。会津八一の歌は、石庭が枯山水という「枠」を超越した庭であることを見抜いている。なぜそう解釈できるのか?